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本気で書かなきゃ意味がない〜レイモンド・カーヴァーの精神

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 レイモンド・カーヴァーの執筆に対する姿勢を目の当たりにして、自分の態度をめちゃめちゃ反省した。襟首を掴まれ、襟を正された思いだ。

 

 それは、村上春樹の『職業としての小説家』を読んでいたときだ。「真剣に書く」というテーマのときに、レイモンド・カーヴァーの言葉が引用されていたのだ。

 

『時間があればもっと良いものが書けたはずなんだけどね』、ある友人の物書きがそう言うのを耳にして、私は本当に度肝を抜かれてしまった。今だってそのときのことを思い出すと愕然としてしまう。(中略)もしその語られた物語が、力の及ぶ限りにおいて最良のものでないとしたら、どうして小説なんて書くのだろう?結局のところ、ベストを尽くしたという満足感、精一杯働いたというあかし、我々が墓の中まで持って行けるのはそれだけである。私はその友人に向かってそう言いたかった。悪いことは言わないから別の仕事を見つけた方がいいよと。同じ生活のために金を稼ぐにしても、世の中にはもっと簡単で、おそらくはもっと正直な仕事があるはずだ。さもなければ君の能力と才能を絞りきってものを書け。そして弁明をしたり、自己正当化したりするのはよせ。不満を言うな。言い訳をするな

(出典:『職業としての小説家』村上春樹著 新潮社)

 

 その通りだ。ものを書くからには全力を出さなければ意味がない。本当にその通りだ。

 

 しかし、全力を出すのは本当に難しい。学校の部活や会社の仕事は全力で取り組むべきという風潮がある。そしてときには努力を強要されることすらある。だからこれまでの人生で何度も本気を出す機会はあったはずだ。しかし俺には本気を出すということがわからない。最後に全力を尽くしたのがいつか思い出せない。というか、果たして俺は本気を出したことがあるのかどうか、自分で疑問に思ってしまう。

 

 だから今日は、レイモンド・カーヴァーの執筆に対する態度から、「全力を尽くす」ということについて学びたいと思う。

 

 

毎日コツコツ続ける

アイザック・ディネーセンはこう言った。私は、希望もなく絶望もなく、毎日ちょっとずつ書きます、と。いつか私はその言葉を小さなカードに書いて、机の横の壁に貼っておこうと思う。壁には今何枚かのカードが貼ってある。

(出典:『ファイアズ(炎)』レイモンド・カーヴァー著 中央公論社

 カーヴァーは執筆期間中は、毎日書く。淡々と毎日必ず机に向かって、小説を書く。

 「全力を尽くす」というのは、短距離走的な一瞬の努力ではなく、毎日の習慣によって、長期間に渡って臨むことも含まれているのだと思った。

 

時間をかける

 カーヴァーは丹念に時間をかけて推敲することで知られている。

 ひとつの短編の草稿が出来上がると、それを出版社に送らず何ヶ月か手元に置く。そして、ときには一日15時間机に向かって、ひとつの短編を何度も書き直し、20〜30パターンほど書くそうだ。

 尋常じゃないほどひとつの短編に時間をかけているのが分かる。時間をかけるというのは、「全力を尽くすこと」とイコールなのかもしれない。

 

直感を信じる

V・S・プリチェットは短編小説をこのように定義している。それは「通り過ぎるときに、目の端っこでちらっと捉えた何か」であると。「ちらっと捉えた」というところに注目してほしい。まず最初にその「ちらっ」がある。それからその「ちらっ」に生命が与えられ、その一瞬の情景を明るく照らし出す何ものかに変えられる。そして運がよければ(という表現がここでもう一度出てくるわけだが)それは、もっと遠くの方にまで光をあてることのできる繋がりやら意味やらを手に入れるかもしれない。短編小説作家の仕事は、その「ちらっと捉えたもの」に自分の有する力の一切を注ぎ込むことなのだ。

(出典:『ファイアズ(炎)』レイモンド・カーヴァー著 中央公論社

 

 自分の直感を信じ、はかない直感に全力を尽くすこと。

 世間一般では、きちんと計算をしてから行動に移しなさい、というのが常識だ。しかし、それよりも自分の心の底から湧き上がってくる声に従った方が、自分の本気を引き出せるのかもしれない。

 

まとめ

  レイモンド・カーヴァーの言葉から全力を尽くす方法をまとめると、物事は毎日コツコツ続け、時間をかけて、そして直感を信じて飛び込む、ということだ。

 色々と調べる過程で、自分はいかにテキトーに文章と向き合っていたのかどんどん実感が湧いてきた…。日々のツイートやブログ、自分はほどほどで書き流していたと思う。

 カーヴァーほど真剣に書くのは難しいとしても、せめて彼の姿勢を見習い、毎日書き、推敲し、そして自分の心から生まれた実感を文章にしようと思った。俺にできるだろうか…?